◎(注1)~(注7)『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行) (注1) 水俣病 初期の公害病。メチル水銀による中毒性中枢神経疾患。「チッソ」が海に流した廃液により引き起こされた。一九五六(昭和三十一)年五月に熊本県水俣市で初めての患者の発生が報告された。その年の末には五十二人の患者が確認された。一九五七(昭和三十二)年以降「水俣病」と呼ばれるようになった。主な症状、四肢末端優位の感覚障害、運動失調、求心性視野狭窄(きょうさく)、聴力障害、平衡機能障害、言語障害、手足の震えなど。 この後、一九六五(昭和四十)年、新潟県阿賀野川下流域で昭和電工が起こした公害病も、水俣病と同様な症状が確認された。前者を「熊本水俣病」、後者を「第二水俣病」または「新潟水俣病」と呼称する。たんに「水俣病」と言われる場合は前者を指す。 一般には、「熊本水俣病」「新潟水俣病」と「イタイイタイ病」(富山県神通川流域で発生したカドミウムによる水質汚染が原因、コメなどを通じて人の健康被害が生じた)「四日市ぜんそく」(注2参照)が四大公害病とされる。 『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R061205 P38 (注2)四日市ぜんそく 一九六〇(昭和三十五)年に三重県四日市の海沿いに石油コンビナートが建設され、その石油コンビナートから排出された排煙の中の主に硫黄酸化物によって引き起こされたぜんそく。症状としては、息苦しさ、喉の痛み、激しいぜんそくの発作などが起こる。 四日市市は公害病と認定した市民に対し、一九六五(昭和四十)年に市費で治療費を補償する制度を開始。当時は国側にも公害患者を公費で救済する制度はなく、市の試みは全国初だった。認定患者数は一九六五年五月の第一回の審査時は十八人。六七年六月末には三百八十一人、七〇年九月末には五百四十四人と急増、市だけでは治療費を負担できなくなり、国や企業も分担金を出すようになった。 対策として、煙突を高くするなどしたが、結果的に、四日市市の大気汚染を改善したのは、高煙突ではなく、脱硫装置の普及や硫黄分の少ない原油への切り替えであった。 『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R061205 P39 (注3)光化学スモッグ 自動車の排気ガスや工場の排煙などに含まれる窒索酸化物や炭化水素などが、太陽からの紫外線の影響で複雑な光化学反応を起こし、有害な光化学オキシダント(オゾンやアルデヒドなど)を発生させる。この光化学オキシダントがある濃度以上になると、息苦しくなったり、目がチカチカしたり、また植物にも被害が出たりする。 光化学スモッグは、五i九月までの晴れて日射が強く、気温が高く、風の弱い日に発生しやすい。日本では一九七〇年代をピークに減少傾向にある。 『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R061205 P40 (注4)ダイオキシン報道 一九九六年から、主として焼却炉からでるダイオキシンについての報道が急増し、一九九九(平成十一)年二月一日に「テレビ朝日」が所沢市内の野菜からダイオキシンがO.64i3.80pg/g検出されたとみられる報道をしたことによって大きな社会問題になった。のちに実際に最高値3.80pg/gは野菜ではなく、野菜は最高でもO.75pg/gだったことが判明した。 この報道によって、所沢産ほうれん草や埼玉産の野菜の小売価格が下落、埼玉県によると、二月十日までの損害額は、所沢市産ほうれん草が約四千万円、埼玉県産野菜全体(二十八品目)で約三億円だった。 埼玉県は、二月十八日、民間研究所環境総合研究所の中間報告を公表。それによると、3.80pg/gのダイオキシンが検出されたのは乾燥加工された「煎茶」製品だった。煎茶のダイオキシン濃度は、他の地域の1pg/g以下と比較して高い値ではあるが、お茶を飲むときに溶出するダイオキシン量は葉の一~二%で、問題とする値ではないという。 この日、テレビ朝日「ニュースステーション」では、3.80pg/gの最高値を示したものが「煎茶」と知らず報道していたことが明らかになった。久米宏キャスターは、「野菜ではなく、葉っぱものとか農作物とすべきだった」と述べ、二月一日に行なった報道について初めて陳謝したが、誤報とはしていない。 『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R061205 P41 (注5)マスキー法 アメリカで一九七〇年十二月に改定された、大気汚染防止のための法律の通称で、上院議員エドムンド・マスキーの提案によるために、こう呼ばれている。とくに自動車の排気ガス規制に関して言われる。 内容としては、まず一九七五年以降に製造する自動車の排気ガス中の一酸化炭素、炭化水素の排出量を一九七〇~七一年型の十分の一以下にする。また、七六年以降に製造する自動車の排気ガス中の窒素酸化物の排出量を一九七〇~七一年型の十分の一以下にすることをそれぞれ義務付けて、達成しない自動車は期限以降の販売を認めないという内容。 自動車の排気ガス規制法として当時世界一厳しく、クリアするのは不可能とまで言われたが、実際には日本のホンダがCVCCを開発してクリアしている。 自動車メーカー側からの反発が激しく、実施期限を待たず一九七四年に廃案となった。 しかし、排気ガス規制自体は徐々に進んで、一九九五年にはマスキー法で定められた基準に達した。 アメリカでは自動車メーカーの反対からその実施が大幅に後退していくなかで、ガソリン乗用車から排出される窒素酸化物の排出量を九〇%以上削減するという規制(いわゆる日本版マスキー法)は一九七八年に実施された。この規制を遵守するための研究開発が、日本自動車の性能向上につながった。 『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R061205 P42 (注6)国際連合人間環境会議 一九六八年の国連総会決議に基づいて、一九七二年六月五日から十六日まで、スウェーデンのストックホルムで開催された、環境問題についての世界で初めての大規模な政府間会合。百十三ヵ国から千二百人以上の代表を集めて開かれた。通称「ストックホルム会議」とも呼ばれる。 この会議で、「かけがえのない地球」を合いことばに、環境問題が初めて世界的規模で総合的に議論され、「人間環境宣言」(ストックホルム宣言)「行動計画」、その他四つの決議が採択された。 『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R061205 P43 (注7) ベトナム戦争と枯葉剤 ベトナム戦争とは 、インドシナ戦争後に 、ベトナムの南北統一をめぐって戦われた戦争(一九五九~一九七五年)。形としては南北ベトナム間の戦争であるが、実質的にはソビエト連邦と中華人民共和国に代表される共産主義陣営とアメリカに代表される資本主義陣営の対立(冷戦)を背景とした「代理戦争」。そして、この戦争中に米軍によって枯葉作戦が行なわれ枯葉剤が撒かれた。マラリアを媒介する蚊や蛭を退治するためという名目であったが、実際はベトコンがジャングルに隠れられないよう森林を枯死させることなどが目的であったといわれる。 オレンジ剤、ホワイト剤、ブルー剤の三種類があり、副産物としてマ ウス実験で催奇形性(さいきけいせい)が確認されているダイオキシン類が含まれていた。ベトナム政府の要求に対しては、アメリカ政府は枯葉剤が奇形児出生に有意な影響を与えたとは認めておらず、補償には応じていない。現実にも奇形児の出生は認められていない。なお、枯葉剤は日本で使用されていた水田用除草剤とほぼ同じものである。 『作られた環境問題』NHKの環境報道に騙されるな! 武田邦彦・日下公人 (WAC 文庫 平成21年発行)より R061205 P44